なぜ懲りないのか,行動心理学で考える花粉症の重症化

泣きじゃくった子供のように目を赤く腫らして顔面の皮膚が日焼けしたように紅潮している。10m離れていても花粉症だと分かるほどだ。4月に入るとこのような重症の花粉症患者が受診する。

重症の患者さんには「花粉が飛ぶ前から薬を準備しておいたほうがいいですよ」と一言加える。だがなぜか少なからぬ重症者が翌年も同じようにひどく悪化してから受診する。

なぜそこまで我慢してしまうのか。懲りないタイプなのかあるいは人並み外れた忍耐力の賜物なのか。今回の試みは花粉症が重症化する理由を患者の心理面から捉えてみるというものだ。

人や褒美(プラスの報酬)や罰(マイナスの報酬)で行動を調整する。お手伝いをしたら褒められた,すると子供はもっと手伝いをするようになる。弟をいじめると母親に叱られる,すると親に知られないように弟をいじめるようになる。これを行動心理学ではオペラント条件付けという。

つまり毎年重症化する患者は酷い症状という罰(マイナスの報酬)を受けながら行動の調整をしていないことになる。オペラント条件付けが機能していないのである。

なぜだろうか。罰を与えられてからの経過時間が長いことがあるだろう。去年の体験が生かされていないのである。大学受験に失敗して雪辱を誓っても1ヶ月もしないうちについゲームサイトを開いてしまうのが人間である。「喉元過ぎれば熱さを忘れる」というのもオペラント条件付けの大きな一面を表している。

つまり,重症化原因のひとつは花粉症が生じる間隔が長すぎる(1年)ということにある。

もっとミクロな時間視野から重症化を考察することもできる。

花粉症の特徴として花粉を浴びてから数時間後に辛い症状が現れるというのがある。その理由は花粉がアレルギー反応を起こすまでに花粉が水分で膨張して破裂する必要であることと,アレルギー症状というものがある程度の時間を必要とする一連の連鎖反応によって起こるためだ。

このタイムラグが曲者である。

ある行動のあとにある出来事が生じたとき,その2つを「関連あり」と直感できる時間間隔はかなり短い。

たとえば,ストーブを触ると熱いという場合,触ることと熱いと感じることはコンマ数秒の差しかない。すると触ることで熱いという罰を受けたことを脳が直感しその後の行動を制限する。これは猫でも犬でも同じだ。

しかし,もしストーブを触ってから30秒経過してから熱いと感じたのなら,熱さをストーブに触れたことと関連付けて直感することができるだろうか。たとえば馬を使った実験では,ある行動後に褒美としての餌を与えた場合にその間隔が10秒を超えるとオペラント条件付けが成立しなくなるのだという。行動から餌までが10秒を超えると馬は無意味に餌が与えられたと勘違いしてしまうということだ。

人間であれば,たとえば「宿題をやったよ!!」と子供が嬉々としている場合,直ちに褒めてあげないとせっかく高まった勉強意欲が消沈してしまうことを意味する。報酬と罰は可能な限り行動直後に行われなければ無意味なものになってしまうということである。

これを花粉症にあてはめてみる。花粉を浴びている最中は大したことなくて,その数時間後に辛い症状が現れるような場合,その辛さが花粉を浴びたことが理由だと脳が直感できない,理屈では分かっていても体では分からないといっていい。これは花粉を避けようという心理機転が働きにくくなることを意味している。なにもこれは花粉症に限ったことではない。禁煙や禁酒の失敗も,各種慢性疾患の治療が患者の自己判断で途絶してしまうのも同じ理由である。

つまり重症化原因のもうひとつは,花粉を浴びてから辛い症状が出るまでのタイムラグがあるため,ということである。

このように考える理由はもちろんそれを対策として活かそうという意味があるのだが,結論の落とし所が難しい。あえて言えば「感覚まかせにせず理屈で考える習慣をつくる」というところだろうか。これは花粉症のみならず人生のあらゆることに当てはまる教訓である。(写真は6年前の春,花岡七ツ館より)